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Kuehn Style Part2

クラシックのコンサート、ネットラジオなどの感想と、子供たちの成長日記

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メンゲルベルクの悲愴〜悲愴聴き比べ補遺

メンゲルベルク指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
amazon.co.jpで購入(NAXOSヒストリカル1941年)

以前岩城宏之氏の本だったか、「メンゲルベルクの悲愴のスコアはありとあらゆる色鉛筆で埋め尽くされて音符が見えないほど」という記述を昔読んだことがあります。「いったいどんな演奏なんだ!?」と思いながらも実は今さっきまで聴いたことがありませんでした(先ほどペットボトルの2本分の価格で購入)。

ちなみに私が聴いたことがあるメンゲルベルクは、英雄の生涯とドンファン。どちらも、多少現代では聴かれないアゴーギグがあるがきわめて構成力に優れた聴かせ上手な演奏というイメージだったので、世間で言うところのトロトロロマンティックなメンゲルベルクというイメージはありませんでした。

早速聴いてみると確かに随所に現れるポルタメント、フレーズ単位でつけられる細かいアゴーギグなどは全く持って現代の演奏スタイルとはかけ離れています。

第1楽章第2主題まで、突然現れるゴツイホルンにびっくり。そして身をよじるように、しかし基本のテンポは速くその中で歌われる第2主題、展開部トロンボーンのコラールでテンポと音量をいったん落とした上で(当然スコアには無い)徐々に盛り上げていくところ、コーダの前の一番盛り上がるところをトロンボーンの咆哮ではなくヴァイオリンのSol-Gで歌わせることで表現すること、コーダに1楽章の頂点を持ってくるところ、いちいち唖然とさせられつつも「そういうやり方もあるか!」と素直に感心しました。

第2楽章の5/4のフレーズでフレーズ単位にかけているわずかなritとその表情のつけ方の細かさにはため息が出ます。

第3楽章、アッチェルダンドするだけして、主題が戻る直前でTempoIするなんて、今の人は絶対に思いつきません!そして最後の大rit.!!!同じ作曲家の交響曲第5番の最後でやるのは聴いたことがありますが、悲愴の3楽章でこうくるか、と。

第4楽章、再びポルタメントの嵐ですが、以外に大人しい味付け。トロンボーンのコラールの前の銅鑼の一発にはびっくり。最後の最後で弦楽器に歌わせまくります。

最後に併録の弦セレがまた夢心地のポルタメントいっぱいの演奏。もうおなかいっぱいです。というか超お薦めかも?

ところでこれだけ書いといてなんですが、全体的に現代のどんどん「ロマンティック」に遅くなるテンポと比べれば、なんとスッキリした見通しの良いテンポであるか、と実は感じました(エッシェンバッハみたく>好きだけど)。そして、これだけやられて全く乱れないコンセルトヘボウのアンサンブル能力は脱帽モノです。現代の巨大な音量のオーケストラでは不可能と思われる室内楽的なアンサンブルが随所に垣間見えます。当然このコンビを生を聴いたことが無いので分かりませんが、きっとアムステルダムのコンセルトヘボウ(のホール)に最適化された音量と響きを持ってたんだということが容易に想像つきます。

特に管楽器における楽器の進化、移動手段の進歩、そして演奏旅行といったファクターにより、コンセルトヘボウ(ホール)の優秀なアコースティックと表裏一体で進化してきたコンセルトヘボウのオケは、どこかで失われてしまったんだな、ということを感じさせる1枚でした。
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